散策ー特別史跡「加曽利貝塚」(その9)
前号に続き、特別史跡「加曽利貝塚」について
前号で東京湾沿岸には、約800箇所の貝塚が確認されており、千葉市内だけでも約120箇所が確認されていると紹介した。
「加曽利貝塚」は、パンフレットによると、
千葉市内を流れる都川の支流である坂月川西岸の台地上にある。
縄文時代、都川の河口付近には台地の侵食によって広大な干潟と浅瀬が形成された。
干潟と浅瀬は、貝や魚など海産資源が豊富で、縄文人は丸木舟を使って海とムラをを往復し、漁をしていたと考えられる。
また、ムラの背後に広がる森は動物や木の実などの植物資源も豊富で、縄文人にとって住みやすい環境が整っていたと考えられるとのこと。
写真は、坂月川の方から貝塚のある台地を見たところ!

縄文人も住みやすい環境を求めて小高い台地の上に竪穴住居を構えて、回りには環状貝塚を形成したようだ。
高台の縁から、都川、坂月川の流れる方向をみて、縄文人の生活地域を想像しています。貝塚の中にいるよりも、外から眺める方が想像力が豊かになります。